はやいなあ

お久しぶりです。

なかなか皆さんと会える機会がなくなってさみしいですが、
元気にやっています。
今はテニス一筋な感じです。

なんかふとこのブログが懐かしくなったので
mixiに書いた日記を貼ってこうかなと思い立った次第です。




11月入ってはや10日。

京大に入ってはや7ヶ月。


時間が経つのは本当にあっという間ですね

自分にとっていい時間の過ごし方をしたいものです。

時間を浪費するという失敗はよくありがちなミスでありながら、イージーミスとも言い難い。

そして厄介なことに、
時間を浪費しちゃったっていう自覚を持ったミス以外については疑問を持ちにくい。

…つまりですよ。
「今日は二度寝の誘惑に負けて12時間も布団の中で過ごしてしまったよ。はっはっはー。反省m(_ _)m」
って言う不届き者の自分がいたとして、
そいつはこの時点で
前日の学校にいた時間、
空きコマ(と勝手に決めたコマ)にテニスしていた時間、
OFFにどこかへお出かけした時間、

などなどの時間の密度については何も感じてはないんです。


ここで特に強調したいことは、
「あの時間はこっちにあてるべきだった」
という反省よりも
「あの時間は同じ◯◯をするにしても、もっと有意義にできたんじゃないか」
って思うことは難しいってことです。


多分ですけど、大抵のことって時間を割く意味はあることだと思います。そう思いません?
勉強・部活・遊び、全部。
僕は昼寝ですら、「ナイス充電o(・・o) 」って思ったり。

そう思うからこそ、これらに割いた時間には特になんも後悔しなかったりします。



でも現に同じ授業を受けてても理解度の差は生まれるし、
同じ練習をしても試合で勝つ者と負ける者に分かれる。
同じ一日という時間を他の人たちと過ごしても、色んな要因で、どれ位楽しめるか・仲良くなれるか・知り合えるか変わる。



天才って呼ばれる人っていますよね。

天性の才能、略して天才なんでしょうか。

具体的にそういう人たちが天才と呼ばれる所以は単位時間あたりに進化する程度が大きいからだと思うんです。

特になんも考えずとも進化しまくれるのであればその道において天才なんでしょう。

裏を返してみると、
色々努力なり思考なりすることで、
単位時間あたりに前に進める量が増えたなら、
元が凡才だろうと天才レベル達成ですよね。

しかもナチュラル天才はある道においてのみ天才ですが、
天才レベルの凡才は他の分野でも天才レベルになれそうな気がします。だって進化のノウハウがありますから。
まあ、この論理は世の人間を天才と凡才で二分してる時点で歪んでるけども。


僕のことを天才だと言ってくれた人がほんとにごく少数ですが地元にいます。まあ冗談だったりもしましょうが、
褒め言葉なので嬉しいです。

けどそれはまず間違いです。
自分が何かでいい結果を出せたとき、その理由はいつも生活に存在してるからです。具体的にそれがなんなのか割り出せないことは多々ありますが。

ちなみに小学生だった自分は自分を天才だと思ってました。どの分野でも自分より優れた同級生は何人もいたのにマヌケな奴です。
自覚はないけど自分の性格の奥底は今もきっとそんなんなんでしょう。
まあそこは先天的なもの、もしくはびちゃっと自分に染み付いたものだろうからしゃーない。



自分にとっていい時間の過ごし方ってのは、基本的にはですが、なるべく前に進める時間の使い方です。

なるべく高い能力を身につける。
なるべく輝く思い出をつくる。
なるべく深い人間関係を生む。

そして高い能力も輝く思い出も深い人間関係も、またさらに前進する原動力になります。

いつの間にかその原動力はすーぱーなものになってはいぱーなものになって、いつの間にか天才レベルになります。


なんだか天才レベルになりたいとか子どもっぽく聞こえるけど、
今を駆け抜ける
ってのはこういうことかな、と思うこの頃です。

たまには歩みを止めてぼんやりすんのもいいですが、時間を貯めることはできないですからね。
前に進むなら全力疾走です。


ちなみに勉強においてこういうことを考えることは今はほとんどない。ぽぽぽぽーん。


とりあえず、

行動していこう!



もはや誰もこのブログは読んでない気もしますが、消す気には全くならないものです。
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by sarupote | 2011-11-11 10:17


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